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【失敗の本質】「神話にすがる」という官僚形式主義がもたらす悲劇の原像《岩田健太郎教授・感染症から命を守る講義㉕》

命を守る講義㉕「新型コロナウイルスの真実」

◼︎二次感染を絶対に許さない覚悟

 ただし、この方法を取るときには、もともと感染リスクが高い船の中で二次感染、つまり検疫を開始した2月5日以降の感染を限りなくゼロにする、という覚悟を決めなければなりません。

 感染者を増やさないほかにも、二次感染を絶対に許してはいけない理由があります。それは、観察期間の14日の間に二次感染を許してしまうと、感染した日からさらに14日間、検疫を伸ばさないといけなくなるからです。それが繰り返されると、二次感染が起こるたびに検疫の期間をずるずると延ばさなければならなくなる。

 「14日」という期間は、あくまでも「2月5日以降は感染が起きていない」という前提に基づいたものであって、それができない状況では、この14日という数字には意味がなくなるんですね。

 だから厚労省は、乗員・乗客を船に留めて14日間検疫する方法を取ったのなら、「その間は絶対に二次感染を起こさないぞ」という覚悟を決める必要があった。

 しかし、厚労省はその覚悟を決めなかった。
 なぜなら彼らは形式主義者だからです。

「14日間検疫して、それが終わったら下船させます」「専門家を入れて感染管理をやります」という、チェックリストの見出しを満たすことだけにこだわって、「二次感染を起こさない」という結果を出すことにはこだわらなかった。

 例えば、「いろんな仕事をしなきゃいけないから」という理由で、クルーの人はほったらかしでした。グリーンゾーンとレッドゾーンはグチャグチャなまま。背広を着た官僚が、PPEを着たDPATの横を悠然と歩いている。

 これでは二次感染が起きて当然です。実際、その後の国立感染症研究所などの検証では、検疫隔離期間に入ってからもクルーを中心に感染が拡がっていたであろうことが、データで示唆されています。

 それでも厚労省は、「二次感染は起きてない」という、自分たちの作った神話にこだわった。

 そして、2月5日から14日経った2月19日に、検疫を受けていた人たちを予定通り下船させた。「二次感染は起きていない」ので、電車に乗ったり、バスに乗ったりして帰っていいと指示したわけです。

 心の底からそう思っていたのか、そういうことにしたかっただけなのかは分からないですけど、いずれにせよ、自分たちの作った物語を真実であると勘違いしたわけですね。

 これは典型的な官僚の形式主義です。形さえ満たしておけば、本質は関係ない。事実は関係ない。そして、結果も関係ない。バットを振ってボールを投げていれば、それでいい。試合に勝つか負けるかは、俺たちの知ったこっちゃない、というアマチュアの発想です。

「二次感染が起きても仕方がない」というシナリオで行くなら、14日という検疫期間はもっと延ばすべきだった。「二次感染は起こしてはいけない」というシナリオで行くなら、感染管理を徹底すべきだった。でも、どちらも中途半端だったのです。

 なぜなら、結果がどう転んでも「日本はちゃんとできている」という話に持っていきたかったからです。

 2020年2月前半、すでに中国国内では感染がだんだん落ち着いてきていました。その後にはイタリアやイランなど、世界中に感染が拡がりましたが、この時期は、世界中の注目がダイヤモンド・プリンセスに集まっていたんです。

 だからその注目されている状況で、「日本はちゃんとやっている」という話に持っていきたかったんです。
岩田健太郎
「新型コロナウイルスの真実㉖へつづく)

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岩田 健太郎

いわた けんたろう

1971年、島根県生まれ。神戸大学大学院医学研究科・微生物感染症学講座感染治療学分野教授。神戸大学都市安全研究センター教授。NYで炭疽菌テロ、北京でSARS流行時の臨床を経験。日本では亀田総合病院(千葉県)で、感染症内科部長、同総合診療・感染症科部長を歴任。著書に『予防接種は「効く」のか?』『1秒もムダに生きない』(ともに光文社新書)、『「患者様」が医療を壊す』(新潮選書)、『主体性は数えられるか』(筑摩選書)など多数。


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